新年の幕開け


明けましておめでとうごうざいます。
いよいよ、亥の年、2007年、平成19年の幕開けであります。
皆さんは今年の決意をきちんとたててまっしぐらに進めていく覚悟をしましたか。

さてそんな中、まだまだはっきりとしないのが政治。
特に国の政治の困難、複雑迷路化であります。
一体政府は私たちをどこに導いて頂けるのでしょうか。
時の政治の首脳陣がはっきりしないから私たちが困るのであります。

例えば、造反組の復党であります。
これまで党の公認はこの人だからこれで頑張れ「復党は認めない」と、たんかを切っておきながら、「いやいや」やっぱりこちらも復党で「公認だ」と意見を変え、じゃあ本当にこれでいいんですかと尋ねると、いやこれから「認める」

地元の私たちにこの人と「仲良くしろ」、いややっぱり「こっちと仲良くして」、「前の人とケンカしろ」と自分の都合で無理難題を押し付けているもので、全く趣旨も筋もあったものではありません。

またそれに文句の一つも言えない衆議院や、とりまく参議院も何一つ苦情を言えないもの困ったものであります。
国政の混乱が地元ではお互い、疑心暗鬼になっている事情が全く分かってないのも、困ったものであります。

そんな中、有名な知事が次々と引退を表明しました。
知事の多選、市長や町長の多選は汚れてしまう、膿み溜まると、皆さん2回で引退する意向を次々と表明されました。
「惜しまれて去っていく」これこそが人生の勲章なんでしょうか。
しかも老害と言われるどころか50才をちょっと超えたくらいで引退されるんですから、まさに男冥利に尽きると言えるんでしょうか。
いやそれとも知事とか市長はそれだけ利権があり、それを排除するのに疲れ果てたんでしょうか。
経験のない私にはわかりませんが、その真意はどうなんでしょうか。

一説によりますと、全国知事会とか何とか言ってあまりにもはしゃぎすぎて、小泉時の総理を怒らしてしまってものすごい権力が動いたともいわれており、私の知り合いの記者なんかが小説に書きたいなんて話もちらほら聞こえて参りますが、これもただのお茶のみ話でありますが、ただ全国知事会の会長が岐阜県で改革派が、引退を表明した鳥取や仙台や宮城とか官僚の和歌山とか言うのもなかなか面白い結果ですよね。
でもこれ全部想像の話でありますから。

そんな中、この読売新聞の一つの記事を見ましたか。
私が前回議会のしかも大会派と言うよりも徳島県を動かしている力を持った人達が皆で渡ればこわくないと一致団結して知事選の協力を申し出ました。
私は県議会の質問くらい誰がしても「同じだ」と思いますが、まさに会派の代表でありながら、皆での質問との策があったかどうかはわかりませんが、まあとにかく皆でごまをすりました。
ところがこの記事であります。




思えば議会の力はこんなもんでしょうか。
まさに今こそ政治とは何か「地方自治とは何か」、「真の地方分権」、「政治は弱者に光を」、真剣に考えて行政の方法が間違わないよう、そして県の政治は一部の権力者から大衆の意見の集約、将来を見据えた、きちんとして指針を目指す時代がやってまいしました。

勿論、どれが一番いいとかこの新聞記事がどうとか、私が意見をさしはさむものではりませんが、現状が現状であります。
新しい年を迎え私はきちんとした筋のある政治を目指して常に大衆と共に歩み、権力を求めず権力を恐れず、権力に怯まず、決して驕らずの不屈の精神で邁進する決意をしたところであります。

ところで皆さん。
大衆に代わって意見をのべると権力者から言い過ぎるとすぐに悪口を言われて、県理事者のずるいやり口にいじめをうけるのが、これまでの現状でありましたが、この頃少し変わって参りました。

それはマスコミがこの頃何がニュースかがかなり視点が変わってまいしました。
k記者らが県政にいるからでしょうか、それともやつと足を運んでくれはじめたからでしょうか。
とにかくマスコミの視点がかわれば理事者の対応もかわります。
どうかいい県政の充実のためより一層の奮起をお願いします。